2011年10月24日

金子みすず〜国民的詩人の悲惨な生涯〜をNHKで見ました。

2011年10月19日にNHKで「金子みすず」の生涯が紹介されていました。震災の時に繰り返し放映されて、全国民の知るところとなった「こだまでしょうか?」の「金子みすず」です。あまりに悲惨な生涯なので驚きました。
 
2歳で、父親が死んでしまいました。そして、生活苦のためみすずの弟は養子に出されました。
 
その後、みすずは、当時盛んになりつつあった児童文学の雑誌に、自分の詩を投稿しました。斬新な視点の詩には編集者も読者も注目しましたが、この頃はまだまだ男尊女卑です。時代的にもプロの女流詩人となることにも積極的になれず、親の勧めにより結婚しました。性質的にもおとなしい人だったのかもしれませんが。
 
優秀な本屋の店員だったはずの夫は遊郭通いが大好きで、やがて失業して、そのまま働きません。大変不幸な結婚生活です。娘が産まれますが、夫は相変わらずで、さらに夫に淋病をうつされてしまいます。その病に苦しんでいる時に出来たのが、「こだまでしょうか?」の詩です。
 
夫の癇癪により詩作も禁じられます。すると、みすずは娘の幼児語をひたすらノートに記録しました。のちのことになりますが、見捨てられたように感じていた娘は、これを読んで、お母さんは自分を捨てたわけじゃないと納得します。
 
見かねた親が、離婚させて、みすずは実家に戻ります。しかし、夫に子供を返せと言われます。その頃は母親に親権がなかったからです。夫に育てられても娘は不幸になるだけだと、みすずは睡眠薬で自殺して、抵抗の意思を表しました。
 
娘さんがどうなったかを放送では何も言っていませんでしたので、自殺しても娘は夫に引き取られてしまったのかもしれません。
 
どうしようもなく、悲惨なみすずの生涯ですが、救いだったのは、アート心のある弟がいたことです。生前も手紙などで助けられていました。みすずの死後はみすずの詩を世間に知ってもらおうと出版社を周りましたが、時代にも恵まれず、出版されることはありませんでした。
 
結局、世に知られるようになったのは、バブル後になります。朝日新聞の天声人語に紹介されたことがきっかけで、国語の教科書にも載るようになりました。そして、震災によって、すべての国民の知るところとなったのですね。
 
番組を見て、金子みすずのあまりに悲惨な人生にも驚きましたが、「こだまでしょうか?」の詩の世間の人の印象にも驚きました。「爽やか」とか明るいと感じていたからです。私は、「こだまでしょうか?」の詩を、ちょっと暗いというか、美しい短調の曲のような響きがある詩だと思っていました。
 
金子みすずの生涯を知ってみると、「こだまでしょうか?」の詩は「諦め続けたみすずの祈りの歌」なんだろうと思い、納得しました。「だれでもそうであってほしい」という祈りの詩だ。と思えるのです。
 
悲惨な状態でも、良きことを祈ることが出来たことは、金子みすずの性質が明るく真っ直ぐで人を恨むところがなかったからだろうと思います。
 
 


 
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